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【つまらない?】映画『蜜蜂と遠雷』のネタバレ・感想まとめ!

今回は2019年10月4日に公開された映画「蜜蜂と遠雷」について感想を書いていきます。

 

結論からいうと「原作はめちゃ面白いけど、映画は微妙!」でした。

 

個人的には映画としては100点満点で60点くらいかなと思います。

 

今回はこの映画「蜜蜂と遠雷」の良かった点・悪かった点や評判などを解説します。

※ネタバレを含むのでまだ観ていない方はご注意ください。

 

「蜜蜂と遠雷」の概要

原作は恩田陸による小説で、直木賞を受賞するなど高い評価を得ています。

 

僕は原作の小説も読んでいたのですが、近年稀にみる面白さで三日で読み終えてしまうほどでした。

 

そんな小説の待望の映画化というわけですね。

 

以下が簡単なネタバレストーリーになります。

 

「蜜蜂と遠雷」あらすじ・ネタバレ

3年に一度開催され、若手ピアニストの登竜門として注目される芳ヶ江国際ピアノコンクール。
かつて天才少女と言われ、その将来を嘱望されるも、7年前、母親の死をきっかけに表舞台から消えていた栄伝亜夜は、再起をかけ、自分の音を探しに、コンクールに挑む。
そしてそこで、3人のコンテスタントと出会う。岩手の楽器店で働くかたわら、夢を諦めず、“生活者の音楽”を掲げ、年齢制限ギリギリで最後のコンクールに挑むサラリーマン奏者、高島明石。幼少の頃、亜夜と共にピアノを学び、いまは名門ジュリアード音楽院に在学し、人気実力を兼ね備えた優勝大本命のマサル・カルロス・レヴィ・アナトール。
そして、今は亡き“ピアノの神様”の推薦状を持ち、突如として現れた謎の少年、風間塵。国際コンクールの熾烈な戦いを通し、ライバルたちと互いに刺激し合う中で、亜夜は、かつての自分の音楽と向き合うことになる。果たして亜夜は、まだ音楽の神様に愛されているのか。そして、最後に勝つのは誰か?

 

 

3年に一度開催される「芳ヶ江国際ピアノコンクール」が舞台のお話です。

 

この「芳ヶ江国際ピアノコンクール」は優勝者が後に成功をおさめることをことからも非常に注目度の高いコンクール。

 

優れた演奏者のみエントリーが許されるこのコンクールに、3人の天才が参加していました。

 

1人はかつて天才と騒がれながらも7年前に突然の失踪を果たしていた元・天才少女の「英伝亜夜」

 

2人目は海外のジュリアード音楽院で実績を残しており、高い技術・表現力だけでなく甘いマスクも兼ね備える優勝候補筆頭の「マサル・カルロス・レヴィ・アナトール」

 

そして3人目が音楽教育を受けておらず、ピアノすら持っていない少年「風間塵」

 

「マサル」は安定した技術力で難なく最終試験まで残りましたが、「英伝亜夜」は過去のトラウマ、「風間塵」は従来の価値観を覆しすぎる演奏によって最終試験前から苦しみます。

 

その後「風間塵」とのセッションなどにより、なんとかトラウマを克服した「英伝亜夜」は最終試験まで残ります。

 

また「風間塵」も審査員を納得させる演奏をみせ最終試験に残ります。

 

最後は順当に天才3名による最終決戦が行われ、運命の結果発表で物語は終了。

 

というお話です。

 

ここからは「蜜蜂と遠雷」の良かった点と悪かった点をみていきます。

 

映画『蜜蜂と遠雷』の悪かった点

映画「蜜蜂と遠雷」を見終えて微妙だなと感じたのは以下の2点です。

 

・説明が省かれすぎている

・風間塵の凄みがあまり感じられなかった

 

説明が省かれすぎている

一言でいえば「あのボリュームの原作小説を映画の2時間におさめることは難しかった」に尽きます。

 

僕は原作を読んでいたのである程度理解できましたが、おそらく映画だけを見た場合「登場人物の心情が感じられずよくわからない作品」と思った方も多かったんじゃないでしょうか?

 

特に主人公の「栄伝亜夜」は喋るシーンや回想も少なかったので、かつてのトラウマなどの描画も少なめで、復活の際の感動も薄れてしまっていました。

 

「風間塵」の凄みがあまり感じられなかった

「風間塵」の不気味さがあまり感じられなかったのも残念でした。

 

個人的に「蜜蜂の遠雷」のキーになっているのは天才「風間塵」の存在だと思っています。

 

実際原作では多くのページで「風間塵」にピックアップが当たっていて、読んでいるときも「異才の風間塵は最終試験に出れるのか?」といったハラハラ感がありました。

 

ここもやはり描画が足りておらず映画では、これまでのピアノの常識を覆す演奏によって審査員を悩ませてしまう「風間塵」の凄みはあまり感じられませんでした。

 

正直「高島明石」の方が目立っていた気がします。

 

「風間塵役」を演じるのは新人の「鈴鹿央士」で、「高島明石」は人気俳優の「松坂桃李」だったことも大きそうですね。

 

公式サイトでも「高島明石」は上から2番目で紹介されているので、松坂桃李ファンを狙っていたんじゃないでしょうか。

 

もちろん天才に立ち向かう「高島明石」も良かったんですが、個人的にはもうすこす3人の天才に焦点を当てて欲しかったです。

 

以上2点が個人的に微妙だったと感じた点でした。

 

ただ良かった点もあったので紹介します。

 

映画『蜜蜂と遠雷』の良かった点

映画『蜜蜂と遠雷』で良かったのは原作の名場面の演奏を映像でみれたことです!

 

特に最終審査における「マサル」の「プロコフィエフ」の演奏は鳥肌がたちました。

 

「プロコフィエフ」はこんな曲です。

 

 

 

各シーンの音楽を聞けただけでも観に行った甲斐はあったかなと思います。

 

タイトル『蜜蜂と遠雷』の意味

タイトルの『蜜蜂と遠雷』ってなに?と気になっているかと思います。

 

「蜜蜂」と「遠雷」ですがそれぞれ、

・蜜蜂:風間塵

・遠雷:ホフマン

をおそらく指しています。

 

「蜜蜂」については家が蜜蜂農家であることから「蜜蜂王子」と言われる「風間塵」からきているはずです。

 

そして「遠雷」は作中で一箇所だけ、

「遠いところで、低く雷が鳴っている。冬の雷。何かが胸の奥で泡立つ感じがした。稲光は見えない」

という描画があります。

 

これは第三次予選直前でホールの外に出た「風間塵」が見た情景です。

 

「何かが胸の奥で泡立つ感じがした」というのは「音楽を外へと連れ出す」という課題を与えられていた「風間塵」が何かを掴んだということ。

 

そしてそのきっかけになった「遠雷」は既に無くなっている師の「ホフマン」であると考えられるかと思います。

 

なので「蜜蜂と遠雷」では「栄伝亜夜」が一番注目されがちですが、実は「風間塵」が本当の主人公なのかもしれません。

 

まとめ

映画で「英伝亜夜」、「マサル」、「風間仁」の3名の演奏が観れたのはすごく良かったです。

 

ただ若干はしょられている感がどうしてもありました。

 

元々が600ページ以上の大作なのでなかなか映像化は難しいですね。

 

原作の小説は本当に面白い作品なのでぜひ読んでみてください!

 

以上、映画『蜜蜂と遠雷』の感想でした。

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